社会の歯車として生きていくことに抵抗のない人。裕福なバックグラウンドを持ち合わせている人。運やら縁やら才能やらを持ち合わせている人。そもそも、そういった人は、論破力という武器を身に着ける必要がないのかもしれない。

だって、自分の都合が悪いように物事が運んだとしても、致命的なほどの傷は負わないだろうし、なんだかんだその先も生きていけるはず。

だから、論破することに価値を見出す人って、切羽詰まった人や、その場をどうしても切り抜けなければならない事情を持った人。つまりは、戦いに勝つことが義務付けられた人。

と、そんな風に思っていたけれど、もしかすると違うのかもしれない。

世の中には非合理的な人がたくさんいて、価値のない常識やどうでもいい拘りを果てしなく重視する人たちがいる。人の一生は限られているというのに、不毛な主観を延々と押し通してくる人たち。
そういった人たちをまともに相手していると、自分の人生の足かせになってしまうし、そんな楽しくない時間を過ごしている暇なんて、本当はないはずなんだ。

だから、そんな奴らは一刀両断して、サッサと次のステージへと進ませてもらう。論破は、そういった類の武器だと思っている。

ただ、世の中には論破じゃ勝てない人たちがいるのも事実。それは、感情という武器で議論を焼き尽くそうとするタイプの人たち。あと、論破という武器で打ち負かし勝利したとしても仕方がない相手もそう。

後者はイメージがつきやすい。家族や恋人がそうだし、友人だってそうだ。
前者は、論理的な話ができない人。事実を説明しているだけなのに、「うるさいんじゃ、このボケ!」と怒鳴りながら殴りかかってくるような人。こういう人にはそもそも、理詰めの論破は通用しない。(ってな人に勝つ方法もあるんだけどね)

ということを踏まえたうえで社会を見渡してみる。コンピューターはどんどんスリムになり高速になる。スマートフォンだってそう。何もかもがスマートになり便利になった。じゃあ、人は?

そう。論破力をアップさせることで、まだまだ社会は生きやすくなる。

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メディアに出る機会があり、一般的な知識人・有識者とは一線を画しながら、独自の観点で意見を述べるタイプの人たち。例えば、堀江貴文、落合陽一、西村博之。そういったタイプの人たちの中で、僕が最も「すんなりと腹に落ちる」人が、西村博之。

西村博之の話を聞いていると、複雑で難解なものでも、簡単そうに感じられる。込み入ったテーマで論者たちが小難しい主張を展開している最中でも、西村博之だけはとても簡単そうに語る。耳を傾けているこちらも、簡単そうに感じるから受け入れられる。だから、理解できる。
複雑なものを簡単に説明することはすごく技術の要ることなので、脳内が相当高速に回転しているんだろうなと、いつも感心してしまう。

で、論破力。本屋に立ち寄った時に偶然見つけて購入。
西村博之の対談や世の中に対する主義主張などは、インターネットを通じて数多見ているけれど、それらが体系化された本作は、非常に興味深かった。

本作を読む。
結論、論破には勇気と想定力が必要だということ。勇気がなければ、どれだけ論破力を高めたとしても、実行に移すことが難しい。そして、論破した後にどういった状況に着地させるのかを先読みした想定力も必要だ。

本作、見出しを見ているだけでも、技術書でありとても使いやすい実用書だということがわかる。書かれているそのどれもが、すぐにでも実践で使えそうなものばかりだ。
そして、前述したように、西村博之は複雑なものも簡単そうに見せてくれる。そのため、本作、とても読みやすいし、理解しやすい。そして、納得してしまう。

で、読んだあと、どうする?

結局、対峙する相手は感情を持った生き物だから、間髪入れずに攻撃してくる。頭では論破の方法が理解できていても、鞘から刀を抜き、相手に斬りかかる勇気がなければ、やはり状況は相手に支配されてしまう。

本作、西村博之の学生時代のエピソードが書かれているが、やはり学生時代から論破好きには変わりない。物事の本質を突いて相手を困らせる気質は、もともと持ち合わせていたものだそうだ。なので、もともと論破好き、というか、論破力を発揮できる体質を持っているかどうかも重要だ。

あと、論破することで、状況が進行する方向が変わってしまうことも多い。議論に参加している人の多くが、その方向性を望まないケースだって考えられる。要するに、自分の都合のいいように方向性を変えてしまったんだから、その後の状況をどうするか(どうなるか、ではない)を、想定力の範囲内で考えておき、その地点に状況を着地させる力も必要になる。

上司から評価されなければならない立場にも関わらず、上司から徹底的に嫌われてしまった。大切な得意先から見切られてしまった。周りに味方がいなくなってしまった。などの事態に陥る可能性だってあるからだ。

なので、論破し状況を打破した結果、どういった状況に着地させるのかを常に意識しながら、議論を展開するスキルが求められる。目の前の状況を焼き尽くすのが、論破の本質ではないことに注意しなければならない。

本作が秀逸なのは、というか西村博之が優れているのは、「論破が決して戦う術ではないこと」「戦う必要のない相手には、無視という選択肢もあること」「そもそも説得している時点で二流であること」などなど、論破がすべてじゃない、ということが随所で語られている。

その点も加味し理解して本作を読めば、とても生きやすい世界を作っていけるのではないだろうか。

世の中には、厄介な相手というものが多いものだ。そして、そういった人たちは、己の寿命が無限であるかの如く勘違いし、粘着的に付きまとってくる。そんな人たちを相手している暇は、残念ながら、ない。チャッチャと論破してしまい、時間を有意義に、楽しい人生を送りたいものだ。