ひとは誰しも、自分はきっと今日も明日も生きている、大切なひともきっと今日も明日も生きている、と無意識に思っているのでは? 生きているということが途切れなく続いていくと思っているのでは?

たとえば、知り合いだった誰かが、今はもう亡くなっているということを知らされたとき、その人のいない今日を想像してみたり、在りし日のそのひとの姿や、ともに過ごした時間を思い返してみたりする。

仲の深い誰かが、突然亡くなってしまうこともある。悲しみのどん底に突き落とされ、それでも時間が幾度となく心の療養を試み、乗り越えたような素振りを見せながら、気丈に日々を生きていくことになる。

問題は、大切な誰かの、命が尽きることが決定付けられたときだ。

君は仮に寿命が残り三ヶ月だと知ったら何をする? そうだな、悔いの残らないように生きるかな。一分も一秒も無駄にせず、全力で生きるかな。最後を迎える、その日まで。

きっとそんなドラマみたいに明快な時間は続きやしない。もっともっと捻れるはずだ。きっともっと抗うだろうし、心が何度もベキベキに折られるに違いない。余命を知った本人も。それを見届けなければならない、周りのひとたちも。

ふと、思う。

あいつはもう、亡くなってしまって、今はこの世にいない。
もし、あいつが宇宙開発のため地球から離れることになり、もう二度と会えなくなるんだ、と告げられたとして、そういった場合、あいつを欠いた僕の現実は、あいつが死んでしまった今の現実と、どのように異なる意味を持つのだろうか。

結局死は、イメージのなかにしか存在しないのか?
その答えは出ぬまま、今日もふわふわと生きている。

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)
住野 よる
双葉社 (2017-04-27)
売り上げランキング: 2,182

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。
それは、クラスメイトである山内桜良が密かに綴っていた日記帳だった。
そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて――。
読後、きっとこのタイトルに涙する。デビュー作にして2016年本屋大賞・堂々の第2位、
75万部突破のベストセラー待望の文庫化!

遅ればせながら、本作を読む。
読了後、読者のレビューを読んでいると、賛否両論が広がっている。これだけ話題になれば、それだけいろんな意見も出るだろうし、当然のことかな。個人的には、後半のクライマックスに、大泣きした。

「君の膵臓をたべたい」というタイトルが、どういう意味を持つのか知りたくて、本作を読んだ。

肝臓の病気を患い、死の宣告をされた女子・山内桜良と、クラスのなかでも目立たず日々をやり過ごす男子【地味なクラスメイト】くんとの恋愛小説。

【地味なクラスメイト】くんが偶然見つけた「共病文庫」と名づけられたノート。そこには、クラスメイト山内桜良の秘密、死が迫りくる病を彼女が患っている事実が書かれていた。

残りの余命を告げられた山内桜良は、それでも持ち前の明るさで毎日を生きながら、兼ねてより興味を持っていた【地味なクラスメイト】くんと仲を深めていく。そんな二人の関係を拡張していきながら、物語はクライマックスへと向かっていく。予想外な展開へと。

本作に対する賛否両論の意見には辛辣なものも混ざっていた。けれど、僕は小説にテクニックなんか求めていないし、世に出た作品の揚げ足を取る気も、さらさらない。
小説や音楽や映画やお笑い、そのどれも、自分の心のどこかには正しく刺さるし、そこに理由や理屈なんか要らない。その世界に没入し、その世界に触れ、何かを感じようとするだけ。

本作の奥底には、悲しみが漏れ出さないように気丈に生きる姿、というものが一貫して這っている。その部分に没入できれば感情移入だってできるだろうし、終盤では感極まってしまうだろうし、「君の膵臓をたべたい」というタイトルの意味も理解できるだろう。

生きているうちは、悲しみはできるだけ少ないほうがいい。そして、みんないつまでも、元気で生きていてほしい。まるで子どものように願いたくなる読了後だった。