未来のことを考えるとき、ひとまず過去に目を向けてみる。すると、過去から未来へと伸びる線のうえに、間違いなく僕たちが立っていることがわかる。僕たちは、過去からやってきて、未来へと向かう生き物だ。

多くの人たちは、これからの未来を悲観しているようだけど、僕には可能性で溢れかえっているようにしか見えない。近ごろの技術的発展は凄まじいほどに目まぐるしい。未来をこうして今、見つめられることに胸は躍る。現代に生きるすべての人たちは、少なくとも未来を創っていく一員になれる可能性を秘めている。それを思うと、さらに胸は高鳴る。

そして、これからの子どもたちは、もっと多くの可能性を秘めている。やれ「将来的に年金は満額支払われないだろう」とか、「65歳以上の高齢者を1.3人で支えていかなければならない」とか、暗い話題で若者や子どもたちを悲観させようとするけれど、未来は必ず変わるし変えられる。

もはや、当たり前のように学校に行き、数十年前と同じ教育を受け、進学し、卒業し、企業に就職し、安定した収入を得るようなモデルは破綻している。正直、未来の創り方を知らない教師たちが、子どもたちに何を教えられるのだろうかと、大いに疑問を抱いてしまう。

だったら過去に学ぼう。過去の人たちが、どうやって未来を創ってきたのか。そのやり方を知り、その考え方を知り、そして未来への一歩を踏み出せるようになろう。

ミライの授業。
教科書はまだ、ない。だって、答えすらまだない未来だから。
可能性と楽しみだけを胸に、しっかりとミライの授業を受けて欲しい。


ミライの授業
ミライの授業
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瀧本 哲史
講談社
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2015年、私は全国の中学校を飛び回った。超難関として全国にその名を轟かす兵庫県の灘中学校や、福島第一原発事故の影響で避難生活を余儀なくされている福島県飯舘村立飯舘中学校など、さまざまな中学校を訪ねた。
目的はひとつ、未来に生きる14歳のきみたちに、特別講義を届けるためだ。
中学生向けの講義だからといって、レベルを落としたつもりはない。本講義の根底に流れるのは、ふだん私が京都大学の学生たちに向けて語っているのと同じテーマであり、問題意識だ。
講義のタイトルは「未来をつくる5つの法則」。その中身は、ざっと次のような感じである。ぜひ法則の「?」に入るキーワードを想像してみてほしい。
法則1 変革の旅は「?」からはじまる
法則2 冒険には「?」が必要だ
法則3 一行の「?」が世界を変える
法則4 すべての冒険には「?」がいる
法則5 ミライは「?」の向こうにある
本書は、その講義のエッセンスを凝縮した一冊である。未来を生きるきみたちに向けた、未来を変える特別講義だ。

学校は、未来と希望の工場である――。そしてきみたちは魔法を学んでいる。ベストセラー『僕は君たちに武器を配りたい』の著者が全国の中学校を訪れて開講した特別講義「未来をつくる5つの法則」のエッセンスを凝縮した一冊。未来を生きるすべての子どもたちに、そして今を生きるすべての人に贈る、筆者著作活動の集大成

本作では、ニュートンやコペルニクス、ナイチンゲール、ビルゲイツなど、過去に偉業を成し遂げた人物たちの、その偉業や彼ら彼女らの考え方を教えてくれる。

恥ずかしながら、一般常識や一般知識の多くを欠いてしまっている僕は、皆が知っているであろう偉人たちに対する知識も持ち合わせておらず、もはや14歳という初々しい年齢はとうに過ぎてしまっているけれど、新鮮な気持ちで学べるのではないかと、本作を手に取った。

20人もの偉人たちが取り上げられていることから(実際は19人なのだが、なぜ20人の偉人なのかは、ぜひ本作に目を通して欲しい)、また本作が、これからミライを創っていく子ども・若者たちに(も)向けられていることから、一人ひとりを深掘りした構成ではない。裏を返せば、偉人たちを深掘りするということは、何冊もの書籍を作れるほどに偉大だということになる。

そのため、あくまで偉人たちの紹介、そして偉業を成し遂げるまでのプロセスの紹介に留まっている。

いわゆる偉人とされる人物に精通している人にとっては物足りないのかもしれないが、僕のように一般知識に乏しい人間にとっては、かなり読み応えのある本だった。また、子どもだけでなく大人が読んでも、発奮できる。「よっしゃ! 未来を創ったるで!」と、鼻から荒い息を吐き出せる内容だった。

多くの偉人が紹介されるなか、1946年の日本国憲法制定に関わった人物として知られる『ベアテ・シロタ・ゴードン』のエピソードに胸を打たれた。正直、読みながら涙が溢れ出した。

男尊女卑で女性が虐げられていた日本社会を、たった一行のルールでひっくり返した女性。
日本国憲法については多様な議論があると思うが、(まだまだすべての女性が平等に生きられているわけではないものの)今こうして女性たちの多くが女性らしく生きられているのは、彼女の意志・信念・奮起・奮闘があったからにほかならない。

彼女が日本国憲法の草案に詰め込んだ思いは、家庭こそが社会の基礎であること。法律的にも、社会的にも、男女が平等であること。結婚は男女の合意があったときだけなされること。たとえ結婚していなくても、妊婦と母親は国から保護されること。父親のいない子どもが差別を受けないこと。子どもたちの医療費は無料とすること。子どもたちをフルタイムで働かせないこと。男女の賃金は同じにすること。

彼女の思いのすべてが採用されることは叶わず、起草した条文の多くは削除されてしまったとのこと。また、これらはあくまで草案の話。起草してからアメリカと日本が喧々諤々やるわけです。

そして、紆余曲折を経て、辿り着いた形が、

日本国憲法 第24条
一 結婚は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
二 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

ここまで読んで涙が溢れた。当たり前と思っていることの多くが、過去、誰かがその意志を貫き、勝ち取ったものであるということ。過去に住まう人たちが、未来に生きる人たちの「当たり前」を創ってくれたということ。もう、感謝しかない。

本書の帯にこうある。

『これは14歳に向けた「冒険の書」であり、大人たちが知るべき「教養の書」である。』

と。

しかし、こうも思った。
これは大人たちが今こそ知るべき、「冒険の書」であり「教養の書」だと。

そして子どもたちに言いたい。
大人の言葉に耳を傾けるな。テレビの言うことを信じるな。すべての情報は自分の手で掴み、それを正しく理解できる知性と知恵を身につけよう、と。

時代は信じられないスピードで進んでいる。立ち止まることは退化を意味する。昨日と同じ今日を過ごしているなら、それはもう退化に等しい。

だからといって、ストイックになり過ぎることなかれ。未来を創ることは楽しいに決まっている。真っ白なキャンバスに、最初の色を置くようなものだ。ミライを創るために、本作でしっかりと過去を学んで欲しい。