恋とはある種、憧れのようなもの。
叶うことで手に入るものであるのと同時に、失うものでもあるような気がする。

叶わなかった恋のエピソードに耳を傾けてみると、たしかにモノクロになってはいるものの、その輪郭はどこまでも鮮明で、いつまでもその憧れを失わずにいられそうな気がする。その反面、叶った恋は、どうにかすると愚痴っぽくなってしまう。

それはなぜか?

恋とは憧れのようなものでありながら、叶え続けるものであるということを忘れてしまうから。

恋愛には障壁がつきもので、その壁が高ければ高いほど、それを克服しようと努める二人の姿は美しい。その様子を描いた恋愛の物語は、過去から現在、未来に至るまで無数にあるだろう。それほど人は、壁を越えようとする二人の物語に胸を打たれる。

ただ、本当の物語は壁を越えたあともまだまだ続く。実は越えた壁の向こう側のほうが、美しい景色は多いもの。二人で手をつなぎながら、新しい景色を紡いでいける。何気ない一日を、思い出の一日に変えていける。それができることの素晴らしさを忘れてしまわなければ。

恋の物語は僕たちの現実に、失いかけていたロマンスを取り戻させてくれる。手に触れられることの素晴らしさを改めて思い出させてくれるだけでなく、手に触れられることのできる人が、すぐそばにいるということの素晴らしさにも、改めて気づかせてくれる。

その手に触れるだけで感じられる温かみの、その圧倒的な幸せを、もう一度、噛み締めてみたくなる。


今夜、ロマンス劇場で (集英社文庫)
宇山 佳佑
集英社 (2017-12-14)
売り上げランキング: 2,663

映画監督を夢見る青年・健司は、ある嵐の夜、行きつけの映画館・ロマンス劇場で一人の女性と出会う。彼女は健司がずっと憧れていた映画のなかのお姫様・美雪だった!モノクロ映画の世界から飛び出した美雪は、カラフルな現実の世界に興味津々で、わがままな彼女に健司は振り回されてばかり。共に過ごすうち、惹かれあうふたりだが、美雪には秘密があった…。極上のラブストーリー。

まるで、ラブソングのようなキレイな作品。
いつの頃だか、羨望の眼差しで恋を眺めていたときの気持ちを思い起こさせてくれる。

主人公の健司は、今じゃもはや色あせてしまったある映画のなかで微笑む、お転婆なお姫様・美雪に恋をする。スクリーンの向こう側の彼女に会うために、健司は何度もロマンス劇場に足を運ぶ。

そしてある嵐の夜。モノクロのスクリーンのなかから飛び出してきた劇中にヒロイン・美雪と健司が出会う。

奇跡的な出会いが健司にもたらせてくれたのは、わがままな美雪に振り回されながらも、憧れの彼女がすぐとなりにいる幸せを感じる日々。ところが、美雪にはある秘密があった。そして、その秘密が二人の恋に巨大な壁をつくってしまう。さぁ、このロマンスの行方は?

本作の見どころのひとつ。それは年老いた健司が過去に綴った脚本という設定で物語が進むところ。そして、脚本と現実が溶け込むように物語が紡がれていくところ。過去を過去として閉じ込めてしまわない物語の展開に、著者の力量を思い知らされる。

本作の著者は、脚本家とのこと。過去の作品を見てみると『信長協奏曲』の脚本を手がけていらっしゃる。僕が大好きな作品のひとつ。ある青年・サブローが歴史の世界に舞い込んでしまい、織田信長とそっくりな見た目だったために、信長とすり替わるよう命じられ、その運命が大きく変わってしまう話。

冷静沈着な性格だった織田信長が、ある日突然、天真爛漫で破天荒な性格に変わる。それは、信長とサブローが入れ替わったから。その奇妙な変化に信長の妻・帰蝶は、信長のことを「うつけ」と呼び始める。はじめは「うつけ」と呼びながら距離を置くも、やがて二人の絆はどんどんと深まっていく名作。

そういえば本作『今夜、ロマンス劇場で』でも、スクリーンから飛び出してきた美雪は健司のことを、「しもべ」と呼ぶ。出会った瞬間に生まれたその距離感を、どんどんと縮めていくところに、恋の物語の破壊力を思い知らされることになる。

スクリーンからヒロインが飛び出してくる。モノクロ映画から飛び出してきたヒロインの容姿は、色を纏わずモノクロ。といったように、現実を超越したその設定に「自分の物語」から一線を置いてしまう人もいるかもしれない。

しかしそれは間違っている。恋につきものの障壁は、いつだって現実離れしているもの。若かりしころ、恋にひたむきだった自分の姿を思い返してみれば、到底、今の現実では再現不可能なものばかりが並ぶはず。誰しもが自分の恋に、現実を超過した設定を持っているものだ。

宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』で、星空に思いを馳せるジョバンにの耳に「銀河ステーション」というアナウンスが響き、カムパネルラとの銀河鉄道の旅がはじまったように、ロマンス劇場のスクリーンのなかから飛び出してきた、憧れのヒロインとのロマンスがはじまる。

それは儚い恋、切ない恋、ヒロインが持つ秘密が二人の恋に巨大な壁を打ち立てる。打ち破るのか乗り越えるのか、それとも諦めてしまうのか。

恋とは憧れのようなものでありながら、叶え続けるものであるということを、もう一度思い出させてくれるラブストーリーの名作です。ぜひ。