人は誰しも心の中に、猟奇的な衝動を抱えている。どんなときでも平常心を保てる人がいたとしても、本人が極度に固執するものを侵されそうになったとき、偏執狂の如くに乱れる。その乱れ方は、近しい人間ですら知り得ないほど怪奇的なものであり、固執への侵略を阻止した後の姿は、にわかに信じがたいものである場合が多い。

女性にとって、我が子が持つ意味が巨大なまでに大きいことは、男でも容易に想像がつく。本人ひとりの存在は頼りないものであったとしても、我が子を守らんとするときの眼光の鋭さや、外的から守らんとする腕力には、科学を超越した善なる魔力が潜んでいることを感じさせる。

ある年齢から女性は、我が子を有する身分であるかそうでないかで、目に見えぬ境界線を設けはじめるのではないだろうか。誰かの口から聞いたわけでも、あからさまにそういった事実を目の当たりにしたわけでもないが、確実にその境界線を感じる。

子を身ごもり、遺伝子を残し、次の世代へと継承していくという生物学的な行為そのものが神秘的故に、境界線への向こう側に対し、侮蔑したり見下したりといった下世話な視線を送るのではなく、心の深海部分が取り計らう、区別、がはじまるのだと思う。

我が身を犠牲にしてでも我が子を守り抜く。鬼気迫る迫力と義務感と使命感が、果たして男に理解できるのだろうか。そして世界中の母親たちは誰ひとりにさえ見せたことのない形相でこう思うのだろう。我が子に悪いものが、来ませんように、と。


悪いものが、来ませんように (角川文庫)
芦沢 央
KADOKAWA/角川書店 (2016-08-25)
売り上げランキング: 88,591

助産院の事務に勤めながら、紗英は自身の不妊と夫の浮気に悩んでいた。誰にも相談できない彼女の唯一の心の拠り所は、子供の頃から最も近しい存在の奈津子だった。そして育児中の奈津子も母や夫と理解し合えず、社会にもなじめず紗英を心の支えにしていた。二人の強い異常なまでの密着が恐ろしい事件を呼ぶ。紗英の夫が他殺体で見つかったのだ。これをきっかけに二人の関係は大きく変わっていく! 一気読みが止まらない、そして驚愕のラスト! 「絶対もう一度読み返したくなる!」「震えるような読後感!」と絶賛された傑作心理サスペンス!(解説:藤田香織)

久しぶりに、すごい! と唸った本作。野性時代フロンティア文学賞を受賞した『罪の余白』もすごく魅力的な作品だったため、本作も衝動買い。

幼い頃に読んだアガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』の結末を読んだときのようなゾクゾク感が、本作では終盤の入り口付近で襲ってくる。「やられた!」と気づかされたときには、腕に無数の鳥肌。寒気を感じるほどだった。

本作のサスペンスを包むのは人間の心理。女性の心理であり母親の心理。それが作品にリアリティをもたらしている。自分を卑下する劣等感や、子どもを欲しがる焦燥感、我が子を守ろうとする使命感など、人間の心理というものはどれほどにカオスなんだと、感情の生々しさに突き刺される。

本作の帯には、「衝撃のラスト25ページ。絶対、ぜったいだまされて、読み返します!」と、妙にポップな演出が。それだけに、「絶対に騙されないぞ!」と意固地になって読み進める。「お前のことを騙すぞ!」と凄んでくる人には、少なくとも騙されないだろうという意思を持って。

完敗。

後半から徐々に伏線の回収に入るのだけれども、あの感覚、例の感覚、勾配のきつい坂道を下るときに感じる、あの臓器がゾワッと持ち上がるような感覚、それを感じ続けて一気に読了。これほどまでにノンストップで小説を読んだのは、未だかつてはじめてなんじゃないだろうか。次のページ次のページと、まるでサンドバックになって打たれるのを望むが如く、次の展開を切望している自分がいた。

本作の設定そのものが、人間の深い心理と直結しているため、ズシリと重い。それだけに、人間がサスペンスの扉をノックし、そちらの世界に足を踏み入れてしまう、か弱い心理も納得できる。誰しもがサスペンスの担い手であるのと同時に、極度に固執するものを侵されそうになったときの猟奇的な衝動は、誰しも思い当たる節があるんじゃないだろうか。

本作の作家、芦沢央。この若さで、これほどまでの質の高い作品を書けるなんて、凄すぎる。単なるサスペンスではなく、人間の心理がドロリと絡む作品が好きな自分にとっては、最高の一作だった。そして、この手の作品を連発してきた、松本清張や東野圭吾の力量の凄さを改めて思い、小説家の凄みを痛感した。

小説のジャンルにはたくさんのものがある。本作はそのジャンルのうちのひとつに分類されるのかもしれないが、間違いなくそこには、人が小説を読みたくなる理由が潜んでいる。そして、それが人の琴線に触れるからこそ、人はまた新しい作品を手にする。

恥ずかしながら、少々の作文を嗜む身分なだけに、こんな作品に触れてしまうと、書くことを辞めてしまいたくなる。小説としての圧倒的な享楽がそこにはあるから。

大金が投下されたハリウッド映画や、無駄にCGが駆使された日本映画で興奮を味わうのもいいが、それを遥かに超越するような興奮が本作にはある。読了した後に、読み終わったと感じる作品と、読んで良かったと感謝したくなる作品があるが、本作は紛れもなく後者。これほどの力量を持った作家がいる限り、日本文学の未来はどこまでも明るいのではないだろうか。