笑いというのは、ほんとに緻密に構成されていると思う。
人々から返ってくる反応は、笑う、というシンプルなものであったとしても、それを誘引するためには、緻密な構成力を要する。

設定がしっかりしていないとダメだし、前フリもしっかりしていないとダメ。相手を話に引き込み没入させ、さらには脳内で具体的な絵をイメージさせる。そして、相手の脳内で繰り広げられているイメージ映像のなかで、オチをつける。語り手と受け手の共同作業でもある。

お笑いの場合、そこに声の強弱や音程、身振り手振りのジェスチャー、間の取り方や抑揚など、たくさんのポイントが絡んでくる。小説では、活字を使って、それら笑いを引き出す要因を押さえていかねばならない。

なんでわずか数ページのストーリーで、こんなにも爆笑してしまうのだ。
相変わらず、そのメカニズムが解明できない。

たとえばショートショートは、隙間時間でもサラッと読むことができる。少しの移動時間や、友人を待っている時間でさえ、数話を読み込めるだろう。暇つぶしに最適、と言ってしまってもいいはずだ。

ただ、これほど珠玉の名作が詰まった作品で暇をつぶせたなら、それは幸せなこと。その暇は、最高の使い方をしたと言っても過言ではない。
本来、何気なく過ごしていたであろう時間を、これほどまでのユーモアで満たすことができたなら、それは至福の時間。

待ち時間を経て、友人が向こうから現れた。
友人がこう言う。
「なにかおもしこいことでもあったの?」と。
それは、本を閉じたあなたの顔が、少しニヤついていたからだ。

このニヤつきを生み出す力。ユーモアの成せる業。
「笑うな」と言われて、それすらも前フリに感じさせる珠玉のユーモアをどうぞ。


笑うな (新潮文庫)
笑うな (新潮文庫)
posted with amazlet at 17.09.17
筒井 康隆
新潮社
売り上げランキング: 80,309

タイム・マシンを発明して、直前に起った出来事を眺める「笑うな」など、ユニークな発想とブラックユーモアのショートショート集。

筒井康隆のショートショートは、はじめて読んだ。家族八景のシリーズを読み、その他、さまざまな長編や短編には触れてきたけれど、ショートショートは初。

筒井康隆、やはり同郷である大阪の人だからか、笑いの感性がとても親しみやすい。いい意味でめちゃくちゃな部分が潜在していて、それが、スマートなショートショートを書く作家と、ぜんぜん違っている。

冒頭の作品が、タイトルにもなっている『笑うな』。
かなり昔に一度、この本を手に取ったときに、そのタイトルが理由で遠慮した記憶があるが、いざ読んでみると、その破壊力たるや、凄まじいものがあった。

ストーリーの展開上、SF作品の印象を受けつつも、最終的には、人間性に終着させている。笑いが止まらない。冒頭の『笑うな』を、早速、二度読み返した。そんな作品はこれまでになかった。それくらいに、どこかアホッぽく、クセになる笑いがそこにはあった。
(ただ、あの展開から人間性でまとめるところが、すごく緻密で、着眼点などとても深いのである)

本作、ブラックユーモアはもちろんのこと、人間について深く考えさせられるものや、不思議な気持ちにさせられるものなど、多種多様なショートショートが収められている。

これまで色々なショートショートの作品に触れてきたが、「こんな感じでいいんだ!」と思わせてくれる作家が筒井康隆であり本作。
それは決して、誰でも書けるものという意味ではない。アプローチの型破りさが、普通の人なら暗黙のうちにNGだろうと避けてしまうような線を突いている。それがどのショートショートでも味わえる。

それは大阪という土地が育む非常識さの魅力だと、身勝手にそれを賞賛し、自分の内に秘めたる部分にも、同じ魂が脈々と流れているだろうと、勝手解釈してしまったほど。

だからとて、文が散っているなんぞ全くない。大作家、筒井康隆である。なにからなにまで緻密で、完璧に仕上がっている。非の打ち所なんぞ、どこにもない。
ただ、そこの根底にこびりついている自由さというものに、大阪の無法さや寛大さというものが感じられ、ただならぬ愛着を持った。

あっちこっちの世界観へと連れられながら、多種多様なユーモアで笑いを貪りたい人におすすめな珠玉の名作です。