あのとき、もう片方の選択をしていたら、今の自分はなかった。
そんな風に感じ、過去の選択に思いを巡らせる瞬間は、たくさんある。

自分以外の人をエキストラに見立てて、なんて言うと怒られてしまいそうだけれど、自分が生きている空間は自分視点で綴られているので、主人公と言ってもいいだろう。
そうなると、街ですれ違う人たちや、たまたま電車に乗り合わせた人たち、目的地にたどり着けず道を尋ねてきたおばあちゃんも、僕の物語の行末を左右する、貴重な存在だったということになる。

が、街ですれ違う人たち、電車に乗り合わせた人たち、道を尋ねてきたおばあちゃんも、それぞれに自分視点の物語を持っている。だから、彼ら彼女らからしても、僕は彼ら彼女らの物語の行末を左右する、貴重な存在だったということになる。

今の僕がこうしてここにいられるのは、彼ら彼女らの影響が多かれ少なかれあり、彼ら彼女らが今そこにいられるのは、僕の影響が多かれ少なかれあるということだ。

たとえば僕がそういった調和を少し乱す、もしくは、彼ら彼女らがそういった調和を少し乱す。そうすることで、因果関係の軌道が歪む。こうなるはずだという無意識の期待が裏切られ、そうなったのかという驚きを生む。

予想だにしない結末に、僕たちは、えへへ、と照れ笑いしたり苦笑いしたり。
そういうことを日々、繰り返している。脳内の意識だけに限っていうと、無数に繰り返しているはずだ。あとはそれを綴ればいい。綴ってみるだけで、新しい物語が生まれる。

日常のなかに無数に転がるショートショート。
その招待状は、いつもあなたのその手のなかにある。


招待状: 赤川次郎ショートショート王国 (光文社文庫)
赤川 次郎
光文社 (2017-02-09)
売り上げランキング: 113,358

ファンクラブ会誌「三毛猫ホームズの事件簿」で、毎号書き下ろされているショートショート。「封印された贈りもの」「幽霊の忘れ物」「シンデレラの誤算」「テレビの中の恋人」など。会員から募集したタイトルを元に、創作された二十七の物語。ミステリーはもちろん、サスペンス、ファンタジー、ラブストーリー…。赤川ワールドの魅力が、ぎゅぎゅっと詰まった一冊。

児童書から卒業し、はじめて「おとなたちが読む文庫本」を手に取った幼少期。それが赤川次郎の作品だった。
ミュージシャンなら、「はじめて聴いた洋楽はビートルズ。ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!のイントロのコードを聴いて、胸を撃ち抜かれました」といったところだろう。
僕にとってそれが、赤川次郎だった。

母親が赤川次郎を愛読していたこともあり、本棚に置かれた本を数冊手に取って読みふけった。「上役のいない月曜日」「サラリーマンよ悪意を抱け」「名探偵はひとりぼっち」の三冊を一気に読了した記憶がある。それはそれは衝撃的だった。

本作もそうだが、赤川次郎の作品は、ありふれた日常のなかにありえないサスペンスやミステリーが組み込まれていて、読んでいると、ゾクッ、とか、ヒヤッ、とする。
子どもの頃に感じた、あの、普通の人が異様な物語に巻き込まれていく、体温の下がる、体の冷える思いを、本作でも味わうことができた。

本作はファンクラブ会員から募集したタイトルを元に創作された作品が収められている。
「再出発」や「長い雨」「やさしい嘘」など、人間味溢れるショートショートもあれば、「久しぶりの里帰り」や「最初で最後のくちづけ」など、ありふれた日常を一変させる展開が待つ作品もある。
もちろん、「封印された贈りもの」「シンデレラの誤算」など、サスペンスな作品も存分に味わえる。

なかでも、読んだあとにショートショートならではの爽快感に包まれつつも、ほっこりとした感動を覚え、気づけば清々しい表情をこぼしてしまった、「記憶をなくした花嫁」「白紙の手紙」がとても印象に残っている。

赤川次郎の書く作品は、どれも温度が均一に保たれているため、読みやすいし、その世界に入って行きやすい。
多種多様な世界観を描く作家のショートショートや短編集は、作品ごとにトーンが異なることも多く、その都度、気持ちを入れ直さないと読み進められないものもある。

ただ、赤川次郎の作品は、ずっとひと続き。
幼少期に読んだ気分と本作を読んだ気分が、ひと続きでつながっている気がして不思議だった。

本作に登場している登場人物たちも、同じこの地球の上に生き、同じ時間を過ごしながらも、違う物語のなかを生きている。そんな日常、現実が、背景にずっとあるもんだから、こちらの感情も動かされやすい。

本作、1ページ目をめくった瞬間から、自分のリズムとテンポに乗り、最後のページまで一気に読み込めること間違いなし。
各作の終わりが、次作の期待を呼び、それが連鎖し、あっというまに全ショートショートを読み終えているはず。

毎日が退屈だなぁ、とか、何かおもしろいことないかなぁ、とぼやいている人。赤川次郎のショートショートを読んでみればいい。感じ方ひとつで、すでにあなたも奇妙なショートショートの物語のなかに巻き込まれていることに気づくはず。

当たり前のように今朝、目を覚ましたことですら、見方を変えればもはや奇妙な事実なんだから。