日本の近い将来を考えるとき、介護という言葉がすぐに頭に思い浮かぶ。
自分の遠くない将来を考えるとき、老いという言葉が頭をよぎる。

人は長生きというものを選んだ瞬間から、介護という義務と責任も同時に選んだんだと思う。
そして日本は高齢化社会を向かえ、高齢化社会を加速させ、高齢者の国になる。
老人が老人を介護する世界、老人が老人の送り迎えをし、老人が老人を頼りにする時代。

人は誰だって、今のことしか考えたがらないから、いくら将来の備えをと思っていたって、いざ自分が介護をされる立場になったときのことなんて、鮮明にイメージできる人なんているわけがない。
年金の問題や税金の問題、介護施設の問題や介護の働き手の問題やら、たくさんの問題は山積みになっていて、それらに対する対策や対応が求められているという現状は、時事の情報やニュースを見ていれば誰だって知っていると思う。

でも、介護について一番思うのは、心の問題。

今まで当たり前にできていたことができなくなってしまう老い、普通にできたことを誰かに頼らねばならなくなってしまうという恐怖、それを申し訳ないと感じ、それを恥ずかしいと感じ、それまで自由だった四肢が、不自由な四肢へと衰えてしまう不安、心はどこへ向かってしまうのだろうか、心はどこを向けばいいのだろうか。

生きていればなんとかなるさ。やる気があればなんとかなるさ。頑張ればなんとかなるさ。
若い頃に聞きなれた言葉、若い頃に言いなれた言葉、若い頃に実際にそうやってみて、なんとかなってきた日々、なんとかできた日々。

老いが来れば、きっと、そんな言葉は当てはまらない。

老いてまで生きたくないからと息巻いた若い頃、現実はそんなに甘くないんだ、死ぬことさえ選べないほど、身体は老いていく、死ぬ力さえひねり出せないほど、身体は老いていく。

そんな風に考えると、やっぱり、老いとは、身体の問題であり、心の問題でもあると思う。
老いを見つめる自分の心、老いを周りで見つめる家族の心。

世の中で今、数多語られている、介護の話には、心の問題が欠如している。
だからこそ、介護の世界で手垢に塗れるほど使い込まれている、「第二の豊かな暮らしを」とか「いつまでも笑顔溢れる生活を」とか、心の問題を置き去りにしたような、造花のような言葉には、違和感しか覚えないんだ。

スクラップ・アンド・ビルド
羽田 圭介
文藝春秋
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「早う死にたか」毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。日々の筋トレ、転職活動。肉体も生活も再構築中の青年の心は、衰えゆく生の隣で次第に変化して…。閉塞感の中に可笑しみ漂う、新しい家族小説の誕生!第153回芥川賞受賞作。

たとえば、ゆとり世代やさとり世代を扱ったテーマ、オタク文化を扱ったテーマ、進化したテクノロジーを扱ったテーマ、ブラック企業を扱ったテーマ、そういったテーマを扱った作品を読めば、とても「いま風だね」と、もちろん感じる。

本作には、なるほど、そうだよな、介護というテーマも、いま風なんだよな、と感じさせる新しさがあった。
もちろん、本作が扱っているテーマには、真新しいフレーズはもちろんのこと、触れたことのない文化も出てこない、老いた老人と、その家族が登場するだけだ。

でも、それがとても、いま風に感じた。

自分の老いを見つめ、「早く死にたい」と呟きながら、生きることを放棄したくとも放棄する力さえ失ってしまった、「無」を見つめる祖父と、祖父の介護を通じて、生きるとは何か、死ぬとは何かについての価値観を移ろわせながら、無職という状況下にあり、惰性に「無」を感じて生きる主人公 健斗。

本作を通じて最も感じたことが、介護される老人は、介護されるということ、介護されながら生きるということに対して、納得もしていなければ、了承も承認もしていないということ、それを当然のことだと受け止めてなんかいないこと。
そして、健斗が祖父の生と死を、介護する側の立場として、自分なりの思想を持って捉え始め、それによって、自分の惰性の日々を変えていこうとする姿。

決して美しい話ではない。
本作には、美しい話なんて、どこにも出てこない。
老人と介護の感動の話なんてもんじゃない。
そこには、現実しかないから。

人は年を取る。年を取ることは、すなわち、老いるということ。老いれば、身体の自由が利かなくなる。身体の自由が利かなければ、周りの人の助けを借りながら、日常生活を営むことになる。それが、介護。いわゆる、三大介護と呼ばれる、食事介助、入浴介助、排泄介助。
そして、周りに介護をしてくれる人が存在しない場合は、介護施設に入居する。有料老人ホームや高齢者向け住宅、グループホームなど。そこで、たくさんの老人たちとコミュニケーションを取りながら、施設が実施するイベントに参加しながら、日々を楽しく過ごす。

老いと介護を考えたときに、当たり前のように浮かんでくるイメージ。
ほら、見ろ、心の問題がないじゃないか。

老いるということに、どれだけ複雑な感情が渦巻くのか、身体の自由が利かなくなったときの、無力さ、不甲斐なさ、悔しさ、悲しさ、劣等感、焦燥感、不安、不満、周りの人の助けを借りる? 人の助けを借りねば生きられないなんて、どれほど心がやつれるだろうか、施設? 施設に入れば幸せになるのか? 心は満たされるのか? それは諦めか? スタートか?

本作はそんな心の部分をたくさんひも解いてくれることになる。
介護とは、今の日本が抱える大きな問題だけれど、実際の介護の現場といえば、それぞれの自宅の中、病院の一室、施設の中、とても小さな空間の中で充満する問題。

その小さな空間の中の介護という問題が、介護を必要とする老人を含め、どれほどそれに関係のある人間たちの心の大きな部分を占領するのかということを、現実の目線で感じることのできる本作。

グダグダ語れば、啓発的になりがちなこのテーマ。
あっさり語れば、問題を軽視していると捉えられがちなこのテーマ。

とても良いバランスで、とても良い分量で、そして、とても良い切り口で書かれた本作。
物語を通じて現実を知るということも、とても大切なことだと実感した。