「あぁ、缶ビール持って、ちっちゃな旅に出たい。乗りなれた電車の線の、降りたことのない駅とか、町とか、プラプラ歩きたい」

そんな自分の元来の『ちっちゃな旅』欲をふんだんにかきたててくれるエッセイ。

人は出会ったことのないものに出会うために、出かけたり旅に出たり。それはつまりは、別に隣町にプイと出るだけでも、普段右に曲がる角を左に曲がるだけでも、いつも身だしなみを整えるために鏡代わりに使うガラス張りの反対の景色を、ただそれだけでも、出会ったことのないものに出会えるものだ。

そう信じている。

そこいらじゅうにある、まだ見たことのないものを見に行こう。
なんだか薄汚れた佇まいだけども、ぜったい旨いよな、この店って、前から目をつけていた店に食べに行こう。

世の中は、まだ知らないものたちで、きっと溢れかえっている。

そうだ、ローカル線、ソースカツ丼 (文春文庫)
東海林 さだお
文藝春秋 (2011-04-08)
売り上げランキング: 301,117

ローカル線の旅をしたいなー。夢を叶えるべく、水戸から2輌編成の単線に揺られたショージ君。水族館で山椒魚に会い、しゃも料理を堪能し、袋田の滝の前に無言で佇んでみた―内田百〓(けん)を真似て用事もないのに列車に乗る、京都に定食・群馬にソースカツ丼を食べにいく等、ショージ君流旅の愉しみ方が満載。

『ローカル線の旅』

なんていい響きだ。心がうきうきしてしまう。

ぼくは行ったこともないのだけれど、たとえば海外に出かけるとかいった場合、それはとてつもない準備が必要なんじゃないのだろうか?
気持ちの準備然り、荷物の準備然り、満喫するための心得然り、プラン然り、某然り。

ところが、プイとローカル線に乗って旅に出る。まぁ、旅じゃなくてもいい。それが散歩でもいい。遠出でもいい。外出だっていい。そんなローカル臭には、気負いは不要。でも、必ず、楽しい。何が楽しいって、自分がそう思えば、楽しいんだもん。

それこそ、東海林さだおさんのように、缶ビールを持参してってとこにポイントを置いて、いざ出発!みたいな感じ、すごく好き。
そんな風にこんな風に、カタチから入る。そんなカタチって、いわば、風情だもんね。あぁ、出かけたい。

本作を読んでいて、『こんどは「阿呆バス」だ』の話。
読んで、すぐに、バスに乗りたくなった。

ぼくはなぜか住まうところ住まうところ、電車の線に恵まれた場所に居を構えること多く、なかなかバスというものに触れる機会が少なかった。

だからなのか、その他の理由からなのか、バスというものに、異常にロマンを感じる。

めちゃローカルな話をしますと、大阪は生野区、生野区役所というものがありまして、こんな大阪のさして外れでもない区域なのだけれども、なんの因果か、生野区役所付近には、電車の駅がない。

数年前の『大阪市営地下鉄 今里線』が計画されていた頃には、区役所付近に駅が設置されるや否やといった話もあったそうだが、予算の都合上、その手前までしか駅が伸ばされなかったとかなんとか。

なので、生野区役所、いまだ付近に電車の駅、なし。
そうすると、人は、生野区役所に向かう際に、バスを利用する。

ぼくのように、世に所在があるのかどうかさえも疑わしいような中途半端な人間でも、ごくごくまれに、区役所に用がある時がある。

そんな折、ぼくは、バスに乗る。
そんな機会にしか乗らない、バスに乗る。

すると、バスから眺める町の景色は、相当通い慣れた道さえも、まったく別の町の風情として、その顔を現すのだ。

バスの走る速度がそう感じさせるのか、バスの高さから見下ろす町の雰囲気がそう感じさせるのか、定かではないが、ともかく、いつも見ている、そう、『見飽きた』さえ通り越した町並みをも、まるで初めて訪れた町のように見せてくれる。

だから、バスが好きだ。

歩いたり自転車に乗ったりマイカーで走ったり、そういった『自分ペース』ではない流れで、町の中を運んでくれる、バス。

やっぱり、好きだ。

なのでぼくは、自分の密かな楽しみとして、大阪の路線バスに乗り倒して、知り尽くした大阪の町を、もう一度、新しい気持ちで、見直す、といった遊びをやってみたいのである。

知らない定食屋でご飯を食べ、知らない駄菓子屋でお菓子を買い、知らない古本屋で本を買い、知らない漬物屋に寄り道。知らない立ち飲み屋に入ってちょっとお酒を引っ掛け、知らない町の景色を楽しみながら、ほろ酔いで、その日一にちを振り返ったりしてみたい。

考えるだけで、わくわくする。

本作を読んで、やはり思うことは、人間は自分の中で、どれだけ多く『ワクワクドキドキ』を作り出せるかどうかだと。

想像するだけでワクワクドキドキすることを、実際にやってみて、興奮して、思い出に残して、また次へ。

そうやって楽しみを見つけ出せるようになれば、身近なところに落ちている楽しみを、自分がまだ拾い上げていないことにも、気づくんじゃないだろうか。

さぁ、ともかく、缶ビール片手に、家を出て、プラリプラリ。
行き先も決めずに、路線バスに乗り込もう。
窓の向こうにはもう、知らない町が広がっているはずだから。