やはり、金原ひとみさんに、ハマってしまっているようだ。

先日読んだ、アッシュベイビーから他の作家さんの数冊を経て、やはり手に取ってしまった、本作『蛇にピアス』

どうやら、金原ひとみの世界観には、長期の離脱は許されないみたいだ、なるほど癖になる。

本作を読んで、生きていることに対する虚無感について考える。

自分自身と対話して、その対話のテーマが虚無だったりする。そうすると、どんどんと自分が生きていることそのものが虚しく感じてしまい、しまいには虚無の渦に飲み込まれて、もがき苦しむ始末。

そんな折、太陽の光でさえ、白々しくも感じたりする。


蛇にピアス (集英社文庫)
金原 ひとみ
集英社
売り上げランキング: 22,820

顔面にピアスを刺し、龍の刺青を入れたパンク男、アマと知り合った19歳のルイ。アマの二股の舌に興味を抱いたルイは、シバという男の店で、躊躇(ちゅうちょ)なく自分の舌にもピアスを入れる。それを期に、何かに押されるかのように身体改造へとのめり込み、シバとも関係を持つルイ。たが、過去にアマが殴り倒したチンピラの死亡記事を見つけたことで、ルイは言いようのない不安に襲われはじめる。

本作、とても起承転結がうまく描かれていて、読みやすい。そのストーリーの流れの良さに、思わず、登場人物ひとりひとりの細やかな感情やそれぞれが背負っているものなんかを忘れてしまいそうになるほど。

その中で、一貫して感じ取れるもの、それは主人公ルイの、生きることへの虚無感なのではないだろうか。

作中にいろいろなテーマが内在していると思う。
もしももしも、そのテーマの根幹が、「何気なく過ごしていた日々とそれを失ってしまった虚無感」だったとしたら、だったとしたらば、すごくシンプルなテーマであり、扱いやすいテーマなのだが、それをここまでのストーリーとして展開させる金原ひとみさんに、脱帽。


こう思う。

見た目が過激だからといって、それが過激とは限らない。
行動が派手だからといって、それが過激とは限らない。
言動が大胆だからといって、それが過激とは限らない。

要するに、思想の問題なんだと思う、過激って。

たとえば、アコースティックギター一本でパンクを奏でることだってできるし、鉛筆一本で人を斬ることだってできる。

だからこそ、こう思う。

動だろうが静だろうが付きまとうんだ、虚無感なんてもんは。


人は生きていく中で、いろんな装飾品を身にまとう。
何かを経験することで、知識や知恵が身についたり。聴く音楽、読む本、観る映画なんかから、大きな影響を受けたり。友人や恋人といった人間関係から、良くも悪くも振り回されたり、振り乱されたり。
そうやって、漂いまくる。

そうして気づくと、本来の自分なんて、とっくに見あたらなくなってしまう。まるで、分厚い衣に包まれた、揚げ物のように。

すごくシンプルなことだけれど、きっとその分厚い衣の状態が、もう自分そのものなんだよな。だから、その衣の中に手を突っ込んでみたり、覗き込んでみたりしたときに、人って、虚無を感じたりするもんだと思う。

本来の自分?そんなの、いねぇんだよ、きっと。

じゃあ、人は、虚無に死んでいくのか?

いや、虚無の渦の中から手を伸ばし、偶然握ったその手のひらの中に、掴んだ何かこそが、生きがいだったり、生きがいってきっと、そんな無意識の中に、突如現れるような、場当たり的でどこかしら朴訥で、もしかしたらそうなのかもしれない。

丁寧に探し求めるものではなくて、がむしゃらの中に、ぶっきらぼうに顔を出す。そんな粗暴なものが、もしかしたら、生きがいというやつなのかもしれない。

純文学を愛読してた頃以来、久しぶりに、虚無について考えたり。でもしかし、こんな形で、こんな角度で、再び虚無に出会うなんて、なんか斬新で、なんか新鮮で。

そんな対話を楽しみたい方には、オススメの一冊。