「退廃」という言葉を辞書で調べてみた。

1 衰えてすたれること。くずれ荒れること。廃頽。「旧家が―する」

2 道徳的な気風がすたれて健全な精神を失うこと。「―した社会」

なるほどなぁ。

心が退廃している様と、生活が退廃している様と、生き方が退廃している様と。そんな「退廃感」を持たない人の生き方って、どんなだろうか。西 加奈子さんの『地下の鳩』を読んで、ふと思った。

この本に出てくる登場人物、吉田は、まるで自分だ。まるで、ぼく自身のようだ。そう感じる。

でも、この、「まるでぼくだ感覚」は、よくあることのように思う。たとえば、歌の歌詞など読んでいて、まるで俺のコトを歌ったいるようだ、と感じたり、ドラマの登場人物を見て、これ、ワタシの恋愛感だ、なんて感じたり。

ぼくは、この吉田、男なら誰しもが、まるでぼくだ感覚を持つのじゃないだろうかと、そんな風に思うけれども、思うけれども、そんなわけないだろう人は人それぞれ生きてきた道も違うんだからと、それを否定する自分もいる。

でも、ぼくは、これはぼくだ。そう思った。

退廃からにじみ出る情けない臭いが、まるで似ていて、それを愛して欲しいという愛情の欲求が、まるで似ている。
大阪、ミナミの繁華街―。夜の街に棲息する人々の、懸命で不恰好な生き様に、胸を熱くする力作誕生。

と「BOOK」データベースは語る。

夜の街に棲息する、という街としての背景に巣食う人々が描かれているのはもちろんだが、ぼくとしては、心も生活も生き方も退廃した人々が巣食うミナミの繁華街、などと言ってしまいたいところ。

それぐらい、ミナミの繁華街には、東京 歌舞伎町にはない、どこかしらの寂れた退廃感が根付く。

そして、その感覚に吸い寄せられるように、そして、示し合わせたわけでもないのに、そこに集まる、人々。

みさをのことを愛す吉田の感情や、今にも崩れそうな吉田を愛すみさをの感情。ミミィの抱える過去と現在、そして未来。

この本の登場人物は、人はいろんな"情"を持って生きているのだ、ということを、生き方を通じて語る。そんな印象を持った。

愛情、友情、情熱、恋情、慕情、温情、痴情…

本作は、形式上は2部構成となっており、1部は、吉田とみさをが中心として描かれ、2部は、ミミィを中心に描かれる。
ただ、その視点が、いつも、どんよりと大阪 ミナミの繁華街の地上と空の間にへばり付く、ねっとりとしたベールのようなものから、それらを見下ろすような感じで、描き出される。

その様が、妙に淡々としていて、心地いい。

読んだあと、こんな気持ち。
そう、こんな気持ち。

人はなぜ、今にも壊れてしまいそうなものを、愛おしく包み愛してしまうのに、愛せるのに、今にも壊れ出しそうな自分のことは、愛せないんだろう。

そうか、今にも壊れ出しそうな自分のことを、愛してくれる誰かを、人は今日も探しているのか。

なるほど。

地下の鳩。戻れますよ、あの頃にも、あの場所にも。


地下の鳩
地下の鳩
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西 加奈子
文藝春秋
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