大阪モダンディスコ

大阪のモノ書きでありWeb屋であり広告屋。 ロクデモナイ売文稼業家としてメシを食っていける日を夢から現実に変えるべく、うぬぼれ一本で今日もくだらん文字を書き続ける。

官能小説は少年の頃から思い描き続けた、あり得ない設定のなかで性を貪る願望を、淫蜜の湿りでねっとりと包んでくれた。-書評-『人妻の別荘』

男の果てない願望、それは、あり得ない設定のなかで性を貪ること。
それはきっと、少年の頃からすべての男が抱えている願望といっても過言ではない。

ピザの配達に訪れた家の玄関に下着姿の人妻が現れる。旦那が出張中だから、よかったら上がっていかない? と誘われ家の中へ。性生活に不満を抱く人妻とそのまま情事。

一人で旅をしている途中、とあるホテルに宿泊する。誰も訪れる予定のない自分の部屋のインターホンが鳴る。出てみるとそこには、バスローブ姿の美女が。ひょんなことから鍵を室内に置いたまま、バスローブで部屋の外に出てしまったらしい。しばらくの間、部屋で休ませてくれないかと頼み込む美女。どうぞと中へ招き入れ、あろうことかそのまま情事。

一人カラオケを満喫していると、突然ドアが開かれた。ふと見上げると、そこには泣き崩れた美少女が。ついさっき彼氏にフラれたと涙をこぼす彼女。倒れ込むように部屋に入ってきた彼女を慰めるうち、気づけば濃密な情事。

挙げだすとキリがない。男は少年の頃から、こんなことばっかり考えて生きているんだから。

そして、情事はより濃厚なほうがいい。できれば、男と女がひた隠して生きる淫猥な願望のすべてが叶えられる情事がいい。あり得ない設定のなかで、あり得ない情事に溺れる。

官能小説のなかには、そんな世界が広がっていた。
そして官能小説は、少年の頃から思い描き続けた、あり得ない設定のなかで性を貪る願望を、淫蜜の湿りでねっとりと包んでくれた。


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「笑うな」と言われて、それすらも前フリに感じさせる珠玉のユーモアをどうぞ。-書評-『笑うな』

笑いというのは、ほんとに緻密に構成されていると思う。
人々から返ってくる反応は、笑う、というシンプルなものであったとしても、それを誘引するためには、緻密な構成力を要する。

設定がしっかりしていないとダメだし、前フリもしっかりしていないとダメ。相手を話に引き込み没入させ、さらには脳内で具体的な絵をイメージさせる。そして、相手の脳内で繰り広げられているイメージ映像のなかで、オチをつける。語り手と受け手の共同作業でもある。

お笑いの場合、そこに声の強弱や音程、身振り手振りのジェスチャー、間の取り方や抑揚など、たくさんのポイントが絡んでくる。小説では、活字を使って、それら笑いを引き出す要因を押さえていかねばならない。

なんでわずか数ページのストーリーで、こんなにも爆笑してしまうのだ。
相変わらず、そのメカニズムが解明できない。

たとえばショートショートは、隙間時間でもサラッと読むことができる。少しの移動時間や、友人を待っている時間でさえ、数話を読み込めるだろう。暇つぶしに最適、と言ってしまってもいいはずだ。

ただ、これほど珠玉の名作が詰まった作品で暇をつぶせたなら、それは幸せなこと。その暇は、最高の使い方をしたと言っても過言ではない。
本来、何気なく過ごしていたであろう時間を、これほどまでのユーモアで満たすことができたなら、それは至福の時間。

待ち時間を経て、友人が向こうから現れた。
友人がこう言う。
「なにかおもしこいことでもあったの?」と。
それは、本を閉じたあなたの顔が、少しニヤついていたからだ。

このニヤつきを生み出す力。ユーモアの成せる業。
「笑うな」と言われて、それすらも前フリに感じさせる珠玉のユーモアをどうぞ。


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日常のなかに無数に転がる奇妙な事実、それがショートショート。-書評-『招待状』

あのとき、もう片方の選択をしていたら、今の自分はなかった。
そんな風に感じ、過去の選択に思いを巡らせる瞬間は、たくさんある。

自分以外の人をエキストラに見立てて、なんて言うと怒られてしまいそうだけれど、自分が生きている空間は自分視点で綴られているので、主人公と言ってもいいだろう。
そうなると、街ですれ違う人たちや、たまたま電車に乗り合わせた人たち、目的地にたどり着けず道を尋ねてきたおばあちゃんも、僕の物語の行末を左右する、貴重な存在だったということになる。

が、街ですれ違う人たち、電車に乗り合わせた人たち、道を尋ねてきたおばあちゃんも、それぞれに自分視点の物語を持っている。だから、彼ら彼女らからしても、僕は彼ら彼女らの物語の行末を左右する、貴重な存在だったということになる。

今の僕がこうしてここにいられるのは、彼ら彼女らの影響が多かれ少なかれあり、彼ら彼女らが今そこにいられるのは、僕の影響が多かれ少なかれあるということだ。

たとえば僕がそういった調和を少し乱す、もしくは、彼ら彼女らがそういった調和を少し乱す。そうすることで、因果関係の軌道が歪む。こうなるはずだという無意識の期待が裏切られ、そうなったのかという驚きを生む。

予想だにしない結末に、僕たちは、えへへ、と照れ笑いしたり苦笑いしたり。
そういうことを日々、繰り返している。脳内の意識だけに限っていうと、無数に繰り返しているはずだ。あとはそれを綴ればいい。綴ってみるだけで、新しい物語が生まれる。

日常のなかに無数に転がるショートショート。
その招待状は、いつもあなたのその手のなかにある。


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これまでの常識が、いかに形骸化してしまっているか、気づいた人だけが生き残れる時代がくる。-書評-『多動力』『無敵の思考』『だから数字にダマされる』

常識なんかに囚われるな。

そう背中を押してくれるのは、ロックや文学だけと思っていた。常識や当たり前や普通という概念からはみ出して、ありのままで生きる。そういう思想は、カウンターカルチャーやサブカルチャーのなかにしかないと思っていた。

もちろん、ビジネスシーンになど、ないと。

ところがだ、今のビジネスシーンに目を向けてみると、世の中を見渡し、見通し、自由に生きながら高い技術力やサービスの提供能力で、世をどんどん楽しく便利にしてくれている人たちがいることに気づく。

たとえば、堀江貴文。
たとえば、西村博之。

彼らの考え方に触れていると、とても爽快で痛快な気持ちになる。
既得権益はますますダサくなり、常識人たちは今の時代に太刀打ちできなくなっている。社会のそんな醜態をむき出しにしてくれる彼らの考え方には、共感どころか尊敬すらしてしまう。

ビジネスシーンでも、常識なんかに囚われるなと諭してくれている。

ということはだ、くだらない常識や当たり前や普通に縛られているのは、僕たちのせい。自分たちがそれを選択し、そうやって生きながら、それに対し不満を抱いているだけ、ってことなんだ。
社会がどうとか会社がどうとか、他人のせいにしているけれど、結局は、自分たちが選択したことなんだ。

これまでの常識が、いかに形骸化してしまっているか、気づいた人だけが生き残れる時代がくるんだろうな。


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ショートショートなら、裏切られた後、とても愉快な思いができる。-書評-『サキ短編集』

物語を読み進めて行くと、どんどんとそのスピードがあがっていくことに気づくことがある。
読みはじめは、まだその世界に慣れていない。だから、景色の描写を脳内で再現したり、登場人物へのシンパシーを感じたりに多少の苦労をする。

ところが。

それに慣れてしまうと、どんどんと読み進めるスピードがあがる。
そして、作家が書くよりも手前で、「(登場人物の)こいつだったら、きっとこう言うだろうな」とか、「物語はこういう方向に進むだろうな」とか、無意識のうちに期待しはじめる。

最初は期待程度だったものが、さらに物語に没入すると、それが決めつけに変わる。
「絶対にこう言う!」「絶対にこうなる!」っていう具合に。

そこでだ。作家はこう思うんだ。
その決めつけを華麗に裏切ってやろう。

ユーモアたっぷりに、歯切れよく、豪快に、読者の決めつけを裏切る。それもほんの短い物語の中で、それをやりきる。

人間関係なら、裏切られた後は、とても不快な思いをする。
ショートショートなら、裏切られた後、とても愉快な思いができる。
むしろ、裏切って欲しくて、ショートショートを読んでいる。

ショートショートは、やっぱりおもしろい。


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人生の最終的な到達点に辿り着くまでの余興が、あなたを待っている。-書評-『30の神品 ショートショート傑作選』

人の一生は、時間にすると、それほど短いものではないだろう。
やりたいことの量だとか、挑みたいことの量だとかによって、人それぞれ、その長さの感じ方は相対的だろうけれど、時間にすれば、決して短いものではない。

で、一生を終えるその間際、自分の人生を総括し、物語を振り返る。仮にそれを、長編小説としてみよう。
そうすると、日々起こる出来事に、一喜一憂、泣き笑いしたり、驚いたり、驚嘆したり、そういったことのすべてを僕は、ショートショートだと考えている。

決して短くない一生の中にあって、ショートショートはたくさんあるほうがいい。
一生をかけて、屈強で巨大な箱をこじ開け、その中身を知ることが最終的な人の到達点だとしたら、目の前にある無数の小さな小箱を開けては、感情を揺さぶらせること、それは最終的な到達点に辿り着くまでの余興なのではないだろうか。そしてそれが、ショートショートであると考える。

大人になるにつれ僕たちは、時間がないことを理由に、いろんなことを諦めて行く。
たとえばこんな会話。
「まだ、バンドやってるの?」
「仕事忙しくて、そんな時間ないからね。もう、やってないね」
時間がないからできないらしい。

成功者はこう語る。時間は自分で作るものだと。
でも、僕たちの多くは、そんなに優秀にできていない。眠いときには惰眠を貪るし、飯や酒で満たされる時間も確保したいし、自慰行為の時間だって確保したい。そんなことをしていて、時間なんか作れるわけがない。

それに挑むために二時間かかる。でも、二時間もそれに費やせる時間的な余裕がない。だから、諦める。
じゃなくって、じゃあ、5分でできることはないかと考えてみよう。長編小説を読む時間はなくても、映画を1本観る時間はなくても、ショートショートなら読める。そして、その気さえあれば、ショートショートだって書ける。

もちろんショートショートを書くことは、そんなに甘くない。構成や展開、導入やオチなど、かなり緻密に練らねばならない。だから、そんな簡単に書けるものではない。でも、簡単に書き始められる。それが、ショートショートの最大の魅力。

現代の人たちはどうやら、そうとう時間がないらしい。携帯電話やメールに追いかけられて、24時間仕事とも臨戦態勢だ。仕事が忙しいからと、恋人に会う余裕のない人だっているだろう。

でも。たとえ恋人に会う時間がなくっても、ショートショートを読む時間なら、あるよ。
たった3ページ。たった3ページでいい。あなたの時間を割いてみて欲しい。人生の最終的な到達点に辿り着くまでの余興が、あなたを待っているから。


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恋愛には、嬉しいこともあれば辛いこともある。あと、不思議なこともたくさんある。-書評-『落下する夕日』

恋愛に埋没している人の心には、常に不思議がつきまとう。そして、その不思議はやがて常識になり、それが欠けると、心が不安定になる。自分にしか見えないその常識が、他人の価値観との距離を生み、どんどんと孤立し、孤独になる。

恋愛のためだったら、積み上げてきたものだって壊せたり、時間だって無駄にできたりする。それほどまでにして手に入れたものが、どれほど価値があるものかなんて、もはや冷静に分析も解析もできない。できないけれど、手に入れたい。手に入れ続けたい。そう願う。

愛したいのか愛されたいのか、求めたいのか求められたいのか。相手を独占したいのか自分のすべてが満たされたいのか。
恋愛が「私とあなた」だけのものだったら、どれほど安心して毎日を暮らせるだろうか。恋愛はいつだって、「私とあなたと、誰か」だから、心はいつも落ち着かない。

たとえば、こんな言葉を耳にすることがある。
「別れたあとも、友だち」
こんなキレイ事が言えるなんて、きっと付き合っているときから、友だち以上ではあるものの、恋人未満の心の繋がりだったんだろう。そうじゃないと、あり得ない。
根深い恋愛の末は、別れたあと、きっと相手は、浮遊する存在になる。他人ではない。友だちではない。でももう、恋人じゃない。だけど、恋人だった人。どこにも属さない、浮遊する人。

こんなにも、心をかき乱す恋愛というものの正体とは、いったい何なんだろうか。
他人にとっての非常識さえも、常識にしてしまう力を持つ恋愛。

その先に幸せが待っていないとしても。待っていないと知っていても。それでも求めてしまうもの。
隣にいる人に依存することで、心をいっぱいに満たしたい、刹那的な欲求なのだろうか。


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世界中のすべてが笑っているように見える中にある、確かにある私という違和感に、誰か気づいてくれるだろうか。-書評-『夫のちんぽが入らない』

人間の性格って、どうしてこうも違うものだろうか。
過剰に繊細な人間もいれば、目も当てられないほどガサツな人間もいる。マイナス思考やプラス思考、消極的や積極的。ほんとにいろんなタイプの人間がいる。

寡黙な人だって、心の中では多弁。心で多くを語れども、声には出さず、自分の中でそれらを消化する。消化不良を起こした思いたちは、蓄積、堆積、鬱積し、苦悩を引き起こす。
ミルフィーユ状になったそれらは、他人の手ではもちろん、自分の手でさえ救えない。そのことさえもまた苦悩の仲間入りを果たす。

自分を過小評価したり、卑下したり、自己否定したり自己嫌悪に陥ったり。悪循環はいつだって加速していくから、かなりの時間をかけて産み落としたポジティブなイメージも、刹那的に破壊していく。

もしも、大切な人にさえ、大切なことを訴えられないとしたら?

それはとても悲しいこと。それはとても苦しいこと。もがき苦しむ末に、何が待っているのだろうか。苦悩から解放される日は、やってくるのだろうか。

世界中のみんなが笑っているから、自分も笑ってみた。それを俯瞰すると、きっと世界中のすべてが笑っているように見えることでしょう。でも、自分の心は笑っていない。苦悩の泥沼の中に、足を沈めたまま。世界中のすべてが笑っているように見える中に、確かにある私という違和感に、誰か気づいてくれるだろうか。

暗闇の中にあって、救いを求め手をばたつかせてみる。何かに触れた気がした。でも、きっとそれは錯覚。何かに触れることなんてない。だって、闇の中には、誰もいないんだから。自分ひとり、孤独に存在しているだけなんだから。


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人を想う距離。あなたを想う距離。-書評-『そういう生き物』

人を想う距離。
手を伸ばすことに戸惑うその距離は、でも縮めたい、でも縮められない。
それに焦がれながら過ごす一日は、なんと短いものだろうか。

人には見せられないこと。
心のなかの湿地帯には、ひた隠しにしたい、けれど知って欲しいことが。
それに焦がれながら過ごす一生は、なんと長いものだろうか。

理性がおりこうさん、だとしたら、心はやんちゃ坊主。
心のおもむくままに生きようとしても、理性がそれをいつもとめてしまう。
人を想う距離。
そこに手を伸ばしてしまうと、何もかもが壊れてしまいそう。
築き上げてきたものが崩壊するのは、一瞬なような気がする。
また、理性がそれをとめてしまう。

手を伸ばして触れられる距離に、あなたが居ても、そこには手を伸ばせない。
たとえば、体温を感じるだけだったり、たとえば、寝息を感じるだけだったり。
ささやかで、密やかな欲望を感じながら抑えながら、今日も更け行く夜。

あなたを想う距離。


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その物や人を失うのではなく、「当たり前」を失うだけなんだ。-書評-『永い言い訳』

人間の最も愚かなところ。
それは、大切な人がいつまでもそばにいると信じ切っているところ。
大切な人の命が、いつまでもそばにあると信じ切っているところ。
自分の命が、いつまでもここにあると信じ切っているところ。

そして、たとえ大切な人を失ったとしても、失ったことが正しかったんだと自分を正当化し、愚かな選択を美化し、自分を保とうとする醜態。
まるで不老不死でいるかのように、命や時間を粗末にし、「誰しも死んだら生まれ変わってくるよ」と涼しい顔して言わんばかりに、大切な人の命さえ軽んじる始末。

認めたくはないが、それこそが人間だ。
大切な人、大切なものを、大切にできない。
失ってから後悔するのは得意なくせに、失う前に気づかない、愚かな人間。
認めたくはないが、それこそが人間だ。

ご存知の通り、人の命は、一度きり。それを忘れてか、気づかぬふりしてか、何もかもを粗末にする人間の、なんと多いことか。
「一度きりの命なんてこと、知ってるさ、知った上で、無駄にしてるんだ」と自慢げに吠えているなら、その生き方を選ぶ権利は、君にはない。君が望んだ命じゃない。親が望んだ命だ。その生き方を選んで、君に課せられるのは、親しかいない。

こんなことを頭で考えていると、やたらめったらカタブツになってしまう。
頭で考えていても、ロクなことはない。
だから、心で感じるしかないんだ。
心?
心で感じるときは、もう、手遅れなのか。
この言葉の意味、分かるだろう?
だって、失ったあとじゃ、悲しみしか感じられないじゃないか。
そうか、だから僕らは、後悔ばっかりしてるのか。


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手にしたときの喜びよりも、失ったときの悲しみのほうが大きな男女こそが、恋愛においては強者なのだ。-書評-『痴人の愛』

男は女を自分の所有物と勘違いしている。ところがだ、女にその心を奪われた瞬間に、女の所有物と化してしまっていることに、なかなか男は気づけない。
自分が用意した檻の中に女を閉じ込めようとする。嫉妬に狂った結果、女を逃すまいと、さらに独占の欲を強める。自分が飼っているのだと安堵する。しかしだ、男は、女を飼えない。逃げるも逃げないも、女の意思ひとつ。逃すまいとしたところで、逃げるという意思を持たれたならば、すべてが破綻することも知っている。知った上で、女を自分の所有物であるかのように勘違いする。勘違いすることで、自らを安心させている。

こんな滑稽なことがあるだろうか。男はとても滑稽だ。

女に心を奪われてしまった後の男は、もはや廃人。自分の意思など持つことはできず、女の所作に振り回されながら生きる。しかも、振り回されることを自ら望んでいるきらいがあるから、尚のこと滑稽だ。

もしかすると、それはもう、愛なんてもんじゃないのかも知れない。喪失を恐れる感情や、所有物だったものを失う焦燥感、他人の手に渡ってしまうことへの敗北感。それらが相まって相まって、結果的に、愛に見えているだけで、個別に分解すると、もはや愛なんてもんじゃないんだろう。

果たして、美男美女やら、皆が一様に望むような、高いステータスを持った男女が、恋愛において、最も優秀な存在なのだろうか。それは、圧倒的で決定的に違う。心が奪われるほどの存在には、美男美女やら、それらの男女は決してなり得ない。
なぜなら、それらの男女というものは、「手に入れたときの達成感、満足感、快感」ばかりが大きく、そこに目が行きがち。その分、失ったときの喪失感は薄れがちだ。人が愛に気を狂わせるのは、後者に取り憑かれたとき。美男美女など、一般的に恋愛において優秀とされる男女は、そんな存在になり得ない。

手にしたときの喜びよりも、失ったときの悲しみのほうが大きな男女こそが、強者なのだ。

そして思う。
失ったときの悲しみに満ちた女と出会ったあとの男は、もはや、使い物にならない。たいそう、情けない。そして、やはりこの言葉が似合う。なんて滑稽なんだ。愛くるしいじゃないか。


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意識していなくとも、そこには確かに縁がある。-書評-『死んでいない者』

こんな風に考えることはないだろうか。
自分はあくまで自分自身だから、自分が主人公で然るべき。でも、同じ電車に乗り合わせたり、街ですれ違うだけの人たちも、皆、自分を主人公と思っている。となると、向こうからすると、こちらはエキストラで、こちらからすると、向こうはエキストラ。端的に言うと、人には人の人生がある、ということ。

なにかの行事で、親戚が集まる機会がある。よく知る者もいれば、そういう機会のときにしか、顔を見ない者もいる。しかし、そこは親戚の集い。よく見れば、誰も彼もが、顔に似た特徴を持っていたり、仕草が似通っていたりする。まるで連想ゲームのように、この人を見れば、あの人が思い浮かぶし、あの人を見れば、この人を思い浮かべる。などなど、まったく他人の集いには、ない妙味がある。

子どもの頃は、遠い親戚の話などを、フィクションのように聞いていた。親戚の昔の話や、年賀状でしか名前を見たことのない親戚の噂話など。自分とは交差しない世界での話のように聞いていた。
ところがだ、年を取れば、そんなフィクションの住人とも、会う機会がある。実際はどうだ。ノンフィクションの世界で彼ら彼女らは、ただのおっさんだったり、ただのおばさんだったりする。
まるで答え合わせのように、聞き知った彼らの昔の話や噂話と、当の本人を結びつけてみる。すると、勝手に壮大に思い描いていたストーリが、いかに矮小なものだったのかと実感する。数学だと思いこんでいたはずなのに、実はそれが、ただの足し算だったことが判明するような気分。

なぁんだ、彼ら彼女らも、僕らと同じように生きて、同じように、くだらないことで揉め事を起こして、くだらない噂話が立っていただけなんだ。そう、実感する。

そんな親戚たちが大勢集まり、形式ばった飲食をする機会などがある。会がはじまった当初は、普段会わない者同士、多少ギクシャクしている。これが他人同士だったら、終始、打ち解けぬまま終わってしまうこともあるだろう。しかし、そこは親戚。数分もすれば、肩の力も抜け、形式ばった様子も解れ、和気あいあいがはじまる。
それほど付き合いの近くない僕は、肩の力が抜けるまでにも、それなりの時間を要する。でも、終盤にふと、お酒の酔いも手伝ってか、親戚一同を、まるでカルスト台地に立ち、だだっ広い景色を眺めるかの如く、俯瞰したくなる瞬間が訪れる。

そのときの感想は、こうだ。
なんか、ええ景色や。

誰が誰の叔父やとか、誰の従兄弟だとか、そんな系譜はこの際、どうだっていい。この中には、いい人もいれば、悪い人もいるだろう。幸せな人もいれば、不幸を背負っている人だっているはずだ。子どもに恵まれて、若くしておじいちゃん、おばあちゃんになっている人もいれば、三度も離婚を経験している人だっている。

それをひっくるめて、縁がもたらせた機会だと、感慨深くなる。
親戚と近い付き合いをしていないから、余計にそう思えるのかも知れないが、妙な感慨にふけることがある。

意識していなくとも、そこには確かに縁がある、と。


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正常って、その瞬間の社会における多数決で勝利したほうの思考に過ぎない-書評-『コンビニ人間』

私って、どこか人と違うな。うまくやれている人たちを見て、自分を卑下してみるときに口にする。かと思えば、私って、どこか人と違うな。うまくやれない自分を正当化するときに、また口にしてみる。

私って、自分のことをついつい客観視しちゃうんだよねと、常にクールな自分をアピールしてみる。その実、私って、自分のことをついつい客観視しちゃうんだよねと、常にクールな自分をアピールしていることが無意識の癖だってことをちっとも自覚できていないことが、他人に筒抜けになっていたり。

たとえば、プールで泳ぐ。
他人のクロールの息継ぎを見て、とても滑稽で、とても不細工だなって感じる。自分が息継ぎするときは、あんなにも不細工になるまいと考える。そして、泳ぐ。不細工な息継ぎで泳ぐ。誰かにそれを指摘される。あんた、不細工だなって。そして言い訳する。自分が不細工な息継ぎをしていることなんて分かってるよって。不細工になるまいと泳いだはずなのに、言い訳する。もしくは、不細工な息継ぎしかできないんだよねって開き直った演技をする。本当は、流麗な息継ぎをしているつもりなのに、できていなかったことを照れ隠そうと演技する。または、息継ぎは不細工なほうがかっこいいんだよね、一生懸命さが伝わるでしょと、斜に構える。

コンビニでは、慣れた動作しか要求されない。店員も客もそう。
もちろん、イレギュラーはたくさんある。新商品が入荷したときのオペレーションや、新しい電子マネーの決済が導入されたときなどは、不慣れなこともあるだろう。陳列のレイアウトが変わったときに、探し求めている商品がすぐに見つからないときもあるだろう。でも、そのどれもが、慣れたイレギュラーにしか過ぎない。だから、コンビニでは、安心感に包まれる。ヘラヘラと店内をウロつきまわることも、無愛想に不要レシートのボックスに、手渡されたレシートを放り投げることも、なにもかもに安心できる。その空間の中では、小奇麗なレストランの中、ナイフやフォークの使い方が分からず挙動不審になったり、システムのよく分からない風俗店の待合室で、先の読めない不安に襲われることもない。

つまりは、息継ぎが不細工だろうが、どうだっていい。

コンビニ店員だって、メジャーレコードレーベルに所属するミュージシャンだって、どちらも社会の歯車。歯車の自分が今日も世界を順調に回していると感じるか、自分は所詮、歯車だから、世界のなにひとつさえも変えられないと感じるかで、その景色はまったく違ってくる。

なにも考えず、なにも悩まず、なにも疑わずにぼんやり生きたとしても、人の命はやがて尽きる。なぜにこんなにも世は生き辛いんだと、絶望の淵に追い詰められながら生きたとしても、人の命はやがて尽きる。うまく生きなきゃ飯を食えないじゃあないのと捻くれるかも知れないが、それは社会の仕組みに適応できないだけで、人間として適応できているかどうかは、また別の話。

さあ、生きよう。自ら扉を開かなくとも、その場に立てば自ずと扉は開く。コンビニは今日も、自動ドアを開いて、あなたを優しく迎えてくれる。


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遠い遠い惑星の彼方から、愛を思い描くロマンがここにある。-書評-『悪魔のいる天国』

僕らの生活から、心が奪われている気がする。
一日のうちで、どれだけ自分の心を見つめているだろうか。進歩した文明や発達した技術がもたらした悩み事に、ただただ付き合った一日じゃなかったろうか。

便利さを追い求めた結果、不便さを解消した結果、いま僕たちは、恵まれた環境にいる。自宅にいながらにして、インターネットを活用し、どんな便利さをも享受できる時代は過ぎ、今では、それらのすべてが手元でできる。スマートフォンで。

仕事の効率化、能率化を考えたことで、電話やFAXを活用した時代は過ぎ、携帯電話やスマートフォン、薄型ノートパソコンを持ち歩き、いつでもどこでも仕事ができる状態に。

その結果、僕たちは、便利さの中にある少しの不便さに悩み、苛立ち、ウズウズしたりイライラしたり。
心を休める暇もなく、ボーッと車内吊り広告を眺める暇もないほどに、24時間仕事をする。飛んでくるメールを、ノーバウンドでキャッチすべく、すぐに受け取り、開封し、返信をする。

これじゃあ、心が豊かになるわけがない。

技術の発達がもたらした便利さという魔物は、僕たちから、心を奪って行った。じっくりと考える時間を奪って行った。ゆっくりと愛する時間を奪って行った。便利さは整っているからって、環境は整っているからって、あとは人間の判断、決断、行動を待っているんだって、いつでも僕たちは急かされている。あなたらしい言葉を選ぶことなく、スタンプ一個を送るだけで、会話が成立する時代。なにもかもが希薄になるのも頷ける。

たとえば今日の帰り道。空が晴れていたとしよう。ちょうど、冬の季節。辺りが暗くなるのも早いだろう。
駅から自宅までの徒歩の道のり。きっと、スマートフォンを取り出し、誰かからのメッセージを確認したり、最新のニュースをチェックしたり、さっきまでのゲームの続きを楽しんだりするだろう。

わずかばかり、自宅への道のりの最中に確認しなければならないほど、重要なメッセージなんてないよ。その時間を上回るほど重要な出来事なんて、世の中で起こっちゃいない。起こっていたとしても、あなたには関係のないこと。ゲームなんて、いつだってできる。ベッドに潜り込んだあとだって、間に合うはず。

ありきたりなことかも知れないが、スマートフォンに目を落とすんじゃなくて、空を見上げてみよう。都会ならチラホラ、田舎ならたくさんの星がそこにはあるはず。きっとこんな風に思うんじゃないだろうか。

じっくり星なんて見たの何年ぶりだろうか。

星は毎日輝いている。見上げればいつだってそこにある。
文明はどんどん進歩する。技術はどんどん発展する。世の中はどんどん便利になる。

でも、それを受け取るのも感じるのも、すべて、人。
人の心は、何も進歩していないし、発展も便利にもなっていない。

人の心は、あの頃のまま。

あの頃のままの心で、最先端技術や最新機器に埋もれてしまっている。それはとても滑稽なこと。大昔に生きた人々と比べて、現代の人々のほうが上だなんて思っちゃいけないよ。進歩したのは環境だけ、便利になったのは環境だけ、人は変わっちゃいない。

人は、どんな時代も、おなじようなもんさ。


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「聴イテカラ、読メ!」「泣イテカラ、笑エ!」 -書評- 『俺のがヤバイ』 DJ アフロ from MOROHA(モロハ)

なんで、こんなにも毎日毎日、戦わなければならないんだろう、と思う瞬間がある。
自分が選んだ戦いも辛い。自分が選んでもいない戦いも、もちろん辛い。

来る日も来る日も、汗水垂らして働いてると、こんなセリフを耳にすることがある。
「例の3億2千万円の件、業者に文句つけて、2千万円くらい値切らせろや」
正直、何の話をしてるのか、サッパリだ。こっちは、昼飯時、210円のかけうどんに、90円のササミ天をセットにしようか悩んだ挙句、その手を止めた。もったいないと思ったから。食ってもどうせ腹は減る。どうせ減る腹に、何も贅沢を放り込む必要はない。どうせ食っても腹が減るなら、ササミ天を食おうが食うまいが関係ない。だから、やめた。

そんな自分を慰めてくれるのは、毎日の缶ビールと、音楽。30歳も後半戦。それなのに、いまだに僕の飲み屋は、路上だ。仕事が終わって、缶ビールを流し込む。どう見ても、年下の社会人たちが、オープンテラス席に座って、談笑しながら、横文字ばっかりのメニューを注文し、楽しそうに乾杯してる。その光景と対峙しながら、缶ビールを飲む。まるで哀れみのような視線が、ときどきこっちに飛んでくる。それを酒の肴に、今日もビールを飲む。

いつかどこかで誰かが僕に言った。「大きな仕事を取りたいなら、北新地の高級な店の2〜3軒くらいは知っておかないと。いい仕事はそういう場で受注できるから。経費を使ってでもいいから、そういう店は作っておけ」って。僕は心の底から思った。それが本当なら、死んでも大きな仕事なんか要らないなぁって。それがいい仕事って言うんなら、僕はろくでもない仕事ばっかりやって、やって、やって、死んで行きたいなぁって。

譲れないものがあるから、戦い続けるのか。負けるのが怖いから、戦い続けるのか。許せないものがあるから、戦い続けるのか。現実逃避の手段として、戦い続けるのか。自分の中の正義感が、戦い続けさせるのか。自分の中の卑怯な気持ちを悟られまいと、戦い続けるのか。もはや、分からない。そのうちのどれかのような気もするし、そのすべてが理由な気もする。

ともかく、もっと大きな景色が見たい。自分の望む高台に立ちたい。別に金は要らない。仲間も要らない。理解者も要らない。僕らの周りに棲息する、生臭い息を吐くような大人にだけはなりたくない。僕らの周りで息をする、冷めた表情の子どもたちに「おもしろさ」を届けたい。この世界がもっともっと興奮で包まれますように。

そんな熱量を込めながら、今日も缶ビール。ヘッドフォンからは、MOROHA。明日もいい戦いができますように。

俺のがヤバイ
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滝原勇斗
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失恋のあとは、次の恋に期待を抱き、カレンダーを一枚めくるんだね。-書評-『失恋カレンダー』

恋愛には、物語がある。いや、恋愛とは、物語である。

別れ話の物語を読んでなお、痛快な気持ちや、清々しさを感じさせてくれるのは、恋愛の形が成せる技か、それとも、女性特有の強さなのか。

大人になってしまえば、その物語は、淡白になるか複雑になるかのどちらかだ。
だから、素直に「失恋」なんて呼べなくなる。大人になってしまえば、そんな物語の主人公にも登場人物にもなれなくなる。出会いや別れはあるはずなのに、「失恋」ではなくなってしまうんだ。

でも、『SUNTORY OLD』のCMで言ってたよな、

恋は、遠い日の花火ではない。

自分の物語には、いつまでも不慣れで、いつまでも不器用でいたい。
慣れた日々を365回こなす中に、不慣れな一日を、少しでも多く。刺激がない毎日を危ぶむのではなく、刺激を求めなくなった自分を危ぶむべし。

恋愛のエピソードなんかよりも、失恋のエピソードのほうが、遥かに物語だ。
思えば、恋を失いそうだと気づいた瞬間から、恋という自惚れに支配されていた感情が、一気に目まぐるしく動き出して、爆発しそうなほどに思考を巡らせ、言えない言葉を五万と飲み込んだり、とにかく心が忙しなくなる。

それを描写すれば、失恋の物語になるわけだ。

別れと聞くと重々しいけれど、失恋と聞くと美しく聞こえる。
別れからはどこか卑屈なイメージを受けるけれど、失恋からは「この恋を物語にしてやる」という女性の意気込みが感じられる。

失恋のあとは、次の恋に期待を抱き、カレンダーを一枚めくるんだね。


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ちょっと細めのゴシック体の物語を、あなたもぜひ。-書評-『はじまらないティータイム』

女の人は、猟奇的だと思う、少なくとも、男よりは。

男が小器用に頭で反応しているときでも、女の人は、心でそれを受け止めて、なんと言うか、グローブなしでボールを受け止めるというか、そう、素手の心でキャッチするから、イタイイタイ。

そのくせ、仮面も上手に被れる。

行きたくもない同僚と一緒にランチに行ったり、そこで楽しそうに笑えたり、キャッキャッ。男からすると、「行かなきゃいいじゃん、そんなの」となるけれど、はたから見ると、仲よさげ。
男の場合だったら、そういうとき、分かりやすいんだよね。過ごしたくもない奴と一緒に時間を過ごす場合、そこには何らかの利害が絡んでる。

でも、分からん。女の人が、それする、メリットが。

たとえばこう思う。朝、家を出る。今日、暑い。電車が来た。混んでる。残業を課せられた。鬱陶しい。徹夜明け。眠たい。定食が運ばれて来た。味噌汁がちょっとぬるい。男女が同じ状況の下に置かれたとき、やっぱり女と男で、感じることって違うのかなって?
朝、家を出る。今日、暑い。たったこれだけの中にも、男女としての違いがあるんだろうかって。

きっと、あるんだろうな。

ということは、生物の物語は大きくわけて二パターンあるということになる。
男版の物語と、女版の物語。

人間は人生の三分の一を睡眠に費やしているとは、よく聞く話。
じゃあ、あれだね、女版の物語だったら、化粧する時間と化粧を落とす時間に、どれだけ費やしてるのかも、重要なポイントになるかも知れないね。


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今という時代の社会勉強?ほら、若者たちが、もっともっと働く気を失うぜ。-書評-『狭小邸宅』

今の時代、働く理由なんて、あるの?

結婚して、子ども作って、ってなれば、家族を守っていくためって大義名分もあるだろうから、まだ納得できる。
でも、そうじゃない人にとって、働く理由って、いったい、何?

年功序列で出世して給料が高くなっていくわけでもない。終身雇用だって期待できないし、ボーナスすら出ない。このままいけば、将来、年金だって貰えないだろう。その上、税金だけはどんどん上がって行く。

枯渇した時代に突入してしばらく経つというのに、旧世代の連中たちは、あいも変わらず、終身雇用ぶりやがって、高給取りやがって、会社の栄養を吸い倒しやがって。だから、若い世代の人たちには、頑張った報酬なんて、これっぽっちも降ってこない。

そうと知りながら、わざわざ、人生を浪費するような、仕事、をする理由なんて、ないでしょう。

その昔、保障も手当も充実してた時代だったら、将来の安定を求めて、日がな一日、辛いことも苦しいことも悔しいことも悲しいことも、全部全部、飲み込んで、頑張る理由はあっただろうに。
頑張れば、その先に進める時代なんだから、頑張るのは当然、逃げるのは卑怯者。そうなるのも分かる。

だけど、こんな今の時代において、頑張るなんて、ちょっと間違ってる。逃げるほうが利口者。人生は一回しかないんだから、会社や社会が仕組んだ理不尽な罠に、かかりまくって、時間と命を浪費する必要はない。
今すぐ、働くことを、やめよう。

とは思うものの、やっぱりみんな働いてる。
さすがに、これまでみたく、会社に隷属的になったり、精神論で戦ったりする若者は減ったものの、やっぱり、ちゃんと働こうとしてる若者がいる、のも事実。

もしかして、逃げることすら、面倒なの?
もしかして、考えることすら、面倒なの?

もう、昔みたいに、働くことで、豪快なエピソードが生まれたりはしないかも知れない。時代はとっくに変わってるから。
大きく生きて欲しいと望む自分と、小さくてもいいから自分を満たしながら生きて欲しいと望む自分、どちらも自分の中で共存しているのは確かだな。


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やっぱり、女と男に答えはない。-書評-『チョコレート革命』

自分で決めつけた自分、他人が決めつけた自分のイメージ、他人が決めつけた自分のイメージを自分自身だと思い込んでいる自分、自分で決めつけた限界、自分で決めつけた限界を超えられないと決めつけた自分、自分で作り上げた自分らしさ、他人が決めつけた自分らしさ、ずっとずっと、その枠の中で、その柵の中で、強がるときも吠えるときも、その枠の中で、その柵の中で、その檻の中で、ずっとずっと。

何かを変える瞬間や、何かが変わる瞬間というのは、イメージしているよりもっと乱暴で、突然で、絵にならなくて、それで清々しい。
頭で考えていることは、所詮、頭で考えていること。これまでの知識や経験で出している答えは、所詮、これまでの自分の中にしかない答え。

それらが、ぶっ飛ぶ。それらを、ぶっ飛ばす。
ほうら、豪速球が飛んできた。頭で反応するんじゃなくって、心と体が反応する。
ああ、もう、昨日と明日がリンクしなくなってもいいや。ああ、もう、他人からどんな風に見られてもいいや。ああ、もう、後生大事にしてきたものなんて、崩壊しちゃってもいいや。

他人の目ばっかり気にしちゃうんだな。
親の目ばっかり気にしちゃうんだな。
優等生を道化すれば、周りから嫌われなくて済むんだな。優等生を道化してきたつもりが、いつしか、本当の自分を置き去りにしてしまっていたんだな。

ああ、優等生って、生きる術。
社会に波風立てずに、生きる術。
好きでやってるわけじゃない、本当の自分は別にいる、そんな発言をしながら、心のバランスを取る。取る。取る。

「ああもう、めんどうくさい」

ごめんなさい、さっきまでの私。
ありがとう、さっきまでの私。
そして、ハロー、今からの私。

優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる


チョコレート革命
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私には、夫以外、という選択肢もある、と。-書評-『夫以外』

女性にだって、企みはある。
と聞くと、まるで悪意にまみれたものを胸に抱いているようだから。

女性にだって、自分らしい生き方はある。
と、言い換えてみる。

男は、「あたりまえ」に胡座をかいて生きる生き物らしい。
自分の思い描く人生を真っ当するために、あたりまえのように周りは存在するもの。と考える。

私は、家族を支える夫である、威厳のある夫である、勤勉な夫である、真面目な夫である、面倒見の良い夫である、子煩悩な夫である、妻思いの夫である、多趣味な夫である、誠実な夫である、隣家の夫よりも優秀な夫である。

お前は、そんな夫である私の、妻である。
私の、妻である。

女性にも選択の自由はある。
その選択の自由とは、物語ということ。

あなたの妻である、と思っていた。
ということは、あなたの妻じゃなくてもいい、と思う自由もある。

と思う物語もある。

男だからって、他人の人生の選択まで操作できるはずもない。夫だからって、妻を「あたりまえ」の世界に閉じ込めておける権利はない。

こう思われてしまえば一瞬だ。
私には、夫以外、という選択肢もある、と。


夫以外 (実業之日本社文庫)
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常盤 英孝
自分史[プロフィール]

大阪のモノ書きでありWeb屋であり広告屋。

どうにかロクデモナイ売文稼業家としてメシを食っていける日を夢から現実に変えるべく、うぬぼれ一本で今日もくだらん文字を書き続ける日々。

大阪を盛り上げるべく、たくさんの人と出会い、とにかく"コトを起こす"ことをお酒の肴に呑んだり、わいわいやったり、時には本気で"コトを起こしたり"など。

日々、書き、描き、話し、モノづくりをしています。

モノ書きとして活動しながら、中小企業・個人事業主の方々のWebサイト制作のニーズを叶えるべく、そのお手伝いもしています。

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